iPS細胞とは何かについて分かりやすく説明いたします!

再生医療

 再生医療に応用されている幹細胞は体性幹細胞、ES細胞、iPS細胞があります。その中でも最も期待されているといっても過言ではないのがiPS細胞です。ニュースなどでもiPS細胞という言葉を聞く機会は多いと思いますが、実際どういったものであるのか詳しく知っている方は少ないのではないでしょうか。今回の記事ではそんなiPS細胞について説明していきます。





| iPS細胞が開発された背景

 本章では、そもそもなぜiPS細胞を開発する必要があったのかについて説明してきます。幹細胞は現代の再生医療の根幹を担っています。幹細胞の中でも、ある特定の役割をもつ体細胞に分化する能力を有する 多分化能幹細胞と体内のあらゆる細胞に分化できる 多能性幹細胞とがあります。多分化能幹細胞の内の1つである体性幹細胞は現代の再生医療に最も応用されているものです。

 多能性幹細胞は、あらゆる体細胞に分化できるという特徴から再生医療だけでなく創薬の面からも非常に期待されており、1998年に始めてヒトのES細胞が作成されました。しかし、ES細胞を作るには将来胎児となるヒトの初期胚を利用する必要があり、倫理的に問題ではないかと指摘されていました。そのため、ES細胞の臨床への応用に厳しい規制を敷いている国も少なくはない状況がありました。そういった状況を打破するために研究を進められていたのがiPS細胞です。

 iPS細胞は京都大学の山中教授により開発が進められたもので、2006年にはマウスの、2007年には人間の皮膚の細胞から人間のiPS細胞の作成に世界で初めて成功しています。この功績が評価されて、山中教授は2012年にノーベル医学賞・生理学賞を受賞されています。


| iPS細胞の作製方法

 前章ではiPS細胞が開発に至る経緯について説明しましたが、本章では実際にどのように作られるのかについて説明していきます。

 ES細胞では初期胚を利用することが倫理的な問題でした。そのため、その問題を解決するために体細胞から多能性幹細胞を作ることは出来ないかというのが山中教授の考えでした。まず、体細胞を分化する前の状態に戻す 「初期化」が必要でしたが、それに必要な遺伝子を見つけなくてはなりません。山中教授らはES細胞内の遺伝子から「初期化」に関与している4つの遺伝子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc)を発見し、それにより2006年にマウスのiPS細胞の作成に成功しました。2007年には人間の皮膚細胞に4つの遺伝子を組み込むことで初期化に成功し、人間の皮膚細胞からiPS細胞の作成に成功しています。

 4つの遺伝子がどのように初期化をするのかといった詳細なメカニズムは分かっていませんが、皮膚細胞といった人間の体細胞から多分化能幹細胞が生成されたのは非常に世間にインパクトを与えました。iPS細胞の他の作成方法も研究されており、すでに成功しているものも多くあります。


| iPS細胞のメリット

 

 iPS細胞を用いることによるメリットをいくつか説明していきます。

 まず、一つ目は何といってもES細胞で議論になっていた倫理的な問題が解決できたことです。先述したようにES細胞は将来胎児となる初期胚を利用しています。研究のために命となりうる初期胚を利用するのはいかがなものかと考える人も少なくありませんでした。一方で、iPS細胞は人間の体細胞から作成することが出来ます。山中教授らの研究チームでは皮膚細胞を利用したように倫理的な問題は全くありません。ES細胞を用いた研究は国によってかなり制限されていましたが、iPS細胞は倫理的な問題はありませんので、制限なく研究に用いることが出来ます。

 また、ES細胞で用いられていた初期胚は不妊治療で不要となったものを使用していました。そのため、大量に初期胚を獲得するのは困難な場合が多いです。再生医療や創薬での研究にとって、十分な量の初期胚を手に入れることも課題の1つでした。しかし、先述したようにiPS細胞は皮膚細胞など人間の体細胞から作成できるため、材料の制限がないようなものです。ES細胞と比較するとiPS細胞では、研究において必要と考えられる大量の資源を手に入れるのは容易であると考えられています。


| iPS細胞を用いた再生医療の1例

 iPS細胞を用いた再生医療は数多くの分野で研究が進められていますが、その中でも今回紹介したいのは眼科領域の疾患の1つである 水泡性角膜症に対する再生医療です。実際に、眼科は医療の分野の中でも再生医療の研究が特に進んでいる分野の1つです。

 まず、角膜に関して簡単に説明します。眼の解剖を理解するうえでは、光がどのように眼の中を進むのかを考えると良いです。光は角膜⇒瞳孔⇒網膜⇒視神経の順に進みます。つまり、角膜は光が始めに通過する部位なのです。角膜は血管が存在しない透明な膜で、その中に存在する角膜内皮細胞が角膜の透明性を維持しています。

 しかし、加齢や長年のコンタクトレンズの使用などにより、角膜内皮細胞がダメージを受けることがあります。これを 角膜内皮障害といいます。角膜内皮障害により角膜の透明性が失われるため視力低下をきたすことがありますが、一番の問題点はその症状が不可逆的であることです。なぜならば、角膜は一度傷つくと再生することが出来ないからです。角膜内皮障害がさらに進行すると、視力低下だけでなく角膜上皮に水疱が出来てとても強い痛みが生じてしまいます。

 角膜水泡症に対する根治治療として従来は角膜移植しかありませんでした。他の臓器の移植と同様に日本ではドナー(移植する臓器を提供する側)が圧倒的に不足しています。そのため、待機時間が非常に長いことが移植の欠点として挙げられていました。その問題点を克服するかもしれないのがiPS細胞を用いた再生医療です。健常者の皮膚や血液の体細胞から作成したiPS細胞から角膜内皮細胞と同等の機能をもつ角膜内皮代替細胞を作成します。それを眼球内に注入することで角膜に定着し角膜の透明性を改善するという治療法です。

 この方法は角膜移植と比較すると患者さんへの侵襲の度合いは小さいです。つまり、iPS細胞を用いた再生医療はドナー不足という問題を解決するだけでなく、従来の治療法と比較すると患者さんにとって優しい治療法であるといえます。


| iPS細胞を用いた再生医療の課題

 iPS細胞による再生医療はメリットだらけのようにも思えますが、実際にはいくつか問題点があります。1つ目としては、iPS細胞の投与により腫瘍が形成されるのではないかという安全面でも問題です。メカニズムに関して詳しくはまだわかっていませんが、iPS細胞を作成する際に投与した、細胞の初期化に関わる4つの遺伝子が関与しているのではないかと考えられています。

 2つ目としてはやはり金銭面です。iPS細胞を作成し治療に応用するには多額の費用が必要であることから、多くの患者さんにiPS細胞を用いた再生医療を提供するのはむずかしいかもしれません。勿論、これらの課題を克服するために日々研究が進められています。


| まとめ

 

 iPS細胞を用いた再生医療は大変期待されている治療法の1つであり、現段階ではいくつかの問題もありますが、もしかすると研究が進められるにつれて再生医療がより身近なものになるかもしれません。その時のためにも、再生医療や幹細胞などについて少しでも知っているのは良いことだと思います。是非この記事を読んでiPS細胞について詳しくなってみて下さい。

文/高橋

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